姉の話 ▼ロゼ西:アレクサンドル

姉はとても美しい。
それがアレクサンドルの口癖になってしまうほど、
彼は姉を愛している。

「サーシャはそればっかり」

温かいマグカップを包み込み、アレクサンドルの姉・アンナは困ったように笑った。
今は冬期休暇の時期で、アレクサンドルはロシアの実家へ帰省している。
冬期休暇に関わらず、機会があれば、資金が許す限り、帰省するようにしていた。

「あなたがそんなことばかり言うから、皆が見に来るのよ。
 どれがサーシャの姉だって。恥ずかしいわ」

姉に逢うために。

「事実だから、問題ない」
「そんなことないわ」
「いいや。アーニャは美しい。一番」
「もう、サーシャったら」

本当に恥ずかしいんだから、と、アンナは言う。
やわらかく、歌うように、笑いながら。
はぁ、と、アレクサンドルは息を吐く。
姉は神に愛されて生まれてきたのだろうか、と思うほど、完璧だ。
それこそ頭の先からつま先まで、髪の一筋さえ、美しい。
もし叶うなら、ずっと眺めていたい。
ずっと。

「写真」
「え?」
「アーニャの写真が、もっとほしい」
「でも、この間送ったばかりでしょう」
「足りない」
「また、そんな我儘言って」
「動かないで」

アンナのマグカップを取り上げ、
いつのまにか用意したカメラを片手に、
アレクサンドルは笑う。

「ブレてしまう」
「折角だから、一緒に写りましょうよ」
「俺はいい。アーニャ一人の写真がほしい」
「もう!」
「いいから。ほら、笑って」
「…私だって、」

そっと視線を逸らし、アンナは不満げに呟いた。

「あなたの写真がほしいのに」
「…は、」

こんな、息が、胸が詰まるような気持ちをどう表現していいか、アレクサンドルは知らない。
離れたくない。ずっと一緒にいたい。
このまま時間が動かなければいい。
けれど、無理だ。

「あ!学校で、写真をいっぱい撮って、私に頂戴?」

いつか、別の誰かのものになってしまう。

「ちゃんとお友達と撮るのよ。私、何も知らないもの。
 あなたのお友達も、学校でのあなたも。」

この声も、この眼差しも、この笑顔も。
誰か、自分ではない誰かに注がれることになるのだ。
…考えたくない。耐えられない。



「…ねえ、サーシャ?お願い」



甘い、甘い、声が聞こえる。




update 2014/XX/XX 初稿
update 2015/10/05 携帯サイトより転載

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