初恋は続いている ▼サボ学:楊韶芽入口美南

あの時のことは、ずっと、覚えている。
それまで、何でもない普通の小学生時代を過ごしていた美南の前に、
ある日、外国から転校生がやってきた。
まるで映画や絵本で見るような、王子様みたいな男の子だった。


その王子様が違う中学に進むらしい、と聞いた時には、それなりに泣いたものだ。
部活に打ち込んでいるうちに、中学の三年はあっという間に終わってしまった。

高校の入学式で見かけた横顔に、一瞬、息がとまるかと思った。
まさか、とも思ったけれど、声をかけずにいられなかった。
確かめずにいられなかった。

「…シャオマオ君?」

王子様みたいな男の子は、男の子から、男の人へかわっていた。
優しい笑い方はあの頃のまま、あの頃よりとても上手になった日本語で、彼は「美南ちゃん」と笑ったのだ。




からん、と音を立て、ストローで氷を動かしながら、いとこの佳澄が笑う。

「ねえ、みなみちゃん。それって、恋だよ」

まるで本当の姉妹か、親友のように付き合いのある年上のいとこ。
美南は「な、なに、かすみちゃん」と声を出すのが精いっぱいだった。

「だって、見かけるたびドキドキして、目があったら息が止まりそうになって?お話してるだけで幸せ?」
「う、うん」
「小学校卒業以来の再開っていうのも、よっぽど少女漫画みたい」

なにも答えられない美南に「ねえ、ほんとに、少女漫画みたいだねぇ」と佳澄は笑う。

「あー、いいなぁ。私も恋したいなぁ」

大好きな恋愛ドラマの感想を言うように、佳澄が呟く。
美南は茫然と、手元のグラスを見つめる。

(…恋?)

あの頃、シャオマオ君に笑ってほしくて、彼がどんなひとか知りたくて、今思うと恥ずかしいくらい、積極的に話しかけた。言葉がうまく通じなかったから、身振り、手振り、小学生の私ができる精一杯で、シャオマオ君のことを知ろうとがんばっていた。
あれは、確かに、初恋だった。
なら、今は?

からん、と音をたてて、氷が溶けていく。

あんなに素敵な王子様なら、相手はどれだけだっているだろう。
自分以外の誰かに、彼が優しく微笑んで、好きだと囁いて、手を伸ばして、それで?
おとぎ話みたいにめでたしめでたし?

…初恋だった、で終わらせていいの?


(私、恋をしてるの?)



たぶん、今も、子供のころからずっと変わらない気持ちで、王子様みたいなあの人に向って、恋をしているのだ。
自覚してしまったら、この気持ちを無視することなんて、もうできない。



update 2015/10/05 あおいあかね

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